BoA、デビュー当時の日本語勉強法は?

BoAは2000年に韓国のSMエンターテインメントからデビューをし、翌年の2001年には日本でデビューをしています。当時世間ではまだ『K-POP』や『韓流』という言葉もない時代で、BoAは現在の日本での韓国ブームの先駆け的な存在だとも言えます。そんなBoAの日本デビューの際の日本語との向き合い方について紹介します。

15周年記念イベント

2016年5月30日にBoAが東京・六本木ニコファーレでデビュー15周年記念イベントを開催しました。六本木ニコファーレはBoAが2001年3月7日に日本で初のパフォーマンスを行った場所で、この日はファン150人を集めてイベントを行いました。この日はデビュー曲『ID; Peace B』と最新曲『Lookbook』の2曲を披露したようです。

デビュー当時から通訳がいなかったBoA

BoAは日本デビュー当時14歳で、まだ日本語もままならない状態でかなり苦労したようです。以前番組で「少女時代とSHINeeには通訳がいたけど、私と東方神起には通訳がいませんでした。日本進出の次の日からインタビューがあったけど、たくさん勉強してもやっぱり話せませんでした。」と明かしています。

また当時は「会社は私にはいつも大変なことばかり要求していました。『先駆者』という言葉は嫌いだけど、なぜ私が道を切り開かなければならないのか」という不満もあったようです。

このように日本と韓国を行ったり来たりしながら、歌やダンスの練習に加えて、日本語の取得まで加わるというかなり大変な日々を過ごしたことを明かしています。少女時代とSHINeeには通訳がいたと明かすように、あえて通訳がいなかった状態から所属事務所であるSMエンターテインメントのマーケティング戦略も現在とは異なり、BoAに対して所属事務所は日本語を覚えるしかないような状況を作り、日本語の習得に徹底させたようです。

BoAの日本語の勉強方法

当時苦労したという日本語ですが、日本デビューをする際、日本語を高度なレベルまで身に付けるために1ヶ月ほどNHKのアナウンサーの家にホームステイしたことも知られています。
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▲KBS 2TV『승승장구』キャプチャー

BoAは現在のようにスマートフォンがなかった当時、常に韓日辞書を持ち歩いており、知らない単語があったらすぐに辞書を引いていたことがアナウンサーから明かされており、日本映画やドラマを見て好きだったSMAPの木村拓哉の言葉から日本語を覚えていったと明かしています。

このように日本のドラマで日本語をインプットするだけでなく、周りの環境を日本語に染め、日本語を使わざるを得ない環境を作りアウトプットを増やしたのが日本語を覚えた秘訣のようです。

現在ではSMの役員に

そんなBoAはデビューからの活躍を認められ、2014年にはカンタと共にSMエンターテインメントの取締役(非登記)にも就任されており、クリエイティブディレクターとして新規事業の計画などにも参加をする予定だと発表されました。

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この記事へのコメント

8 件のコメント

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  • 「なぜ私が道を切り開かなければならないのか」って言われてみたらそうだよね……私達は当たり前のようにBoAは先駆者、BoAから全ては始まったって言ってるけど当人からすれば何故私が、だよね……それを中学生でやってきたんだもん、本当に偉大だ。

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